映画『俺たちに明日はない』(原題:Bonnie and Clyde)監督:アーサー・ペン 主演ウォーレン・ビーティー、フェイ・ダナウェイ

原題:Bonnie and Clyde)

1967年制作/アメリカン・ニューシネマの先駆的作品

 

1930年代、世界恐慌時代にアメリカ各地で銀行強盗を繰り返した実在のアウトロー、クライド・バロウとボニー・パーカーを描いた青春犯罪映画。

 

あまりにも衝撃的なそのラストシーン。

スローモーション映像による死に至る最期が痛ましく、衝撃を受けた。

実際の2人は167発打ち込まれたらしい。

 

銃弾を打ち込まれるとこんな風になるのか!

 

儚い若い2人の死の瞬間を残酷にも凝視した。

 

(スローモーションと言えば、黒澤明監督の「七人の侍」の子供を人質に取った盗人が、島田勘兵衛(志村喬)に切りつけられた後、小屋から出てくるシーンが思い出される。

 

このスローモーションシーンでの砂を舞いあげた風が強い印象を残した)。

 

それにしても、いくら犯罪者でもそこまでして殺す必要があるのか。

確かに、強盗だけでなく殺人をも犯し続けたいわゆる凶悪犯罪者ではあったが、その殺され方になにか、権力者の一方的な正義を振りかざす偽善を感じた。

ここでそんなことを論じてもむなしい話だが。

 

今日の若者があらゆる文化の発信から多大なる影響を受けるように、1967年当時の若者であった私もそのころ発表された映画、音楽に大いに影響を受けた一人と言える。

この映画を先駆けとして、「イージーライダー」「明日に向かって撃て」「ワイルドバンチ」「デリンジャー」などの斬新な感覚の映画が次々と公開されていった。

 

そのまさに最初の一本。

 

まさにハリウッド映画における革命。

 

邦題の影響力

 

映画の英語のタイトルをそのままカタカナにした映画もあるが、「俺たちに明日はない」と邦題にしたのは良かったのかどうか。

良くも悪くも映像とこの日本語のタイトルは日本での観客動員にかなり影響を与えたと思う。

 

現に、単純かつ純粋だった私は、この革新的映画の魅力の虜になっただけでなく、この体制や国家権力に対する反体制の象徴としての未熟な2人の末路を自分の今後歩むであろう人生に重ね合わせた。

まさしく、この邦題「俺たちに明日はない」の響きが私の心に重く深く影響を与えた。

私的『俺たちに明日はない』

「お前の口から”国民年金”がどうのこうのって聞くとは思わなかったな」。

「昔はお前もカッコ良かったのにな。『俺たちに明日はない』で生きてきたんじゃなかったのかい。残念だな」。

 

「、、、、、」。

 

(ま、そんなふうに私の若いころを見てくれていたとはね。それは嬉しいけど)

 

ううん、と私はうなるしかなかった。

 

「母に『お金貸すから、国民年金がもらえるようにちゃんと未納の分を払っておきなさい』と言われたけど、どうする?借りて払おうか」
そう聞いたときの夫の返事である。

 

「お前のいつものセリフはどうしたんだよ。

『ちまちま、ちまちましやがって国民年金国民年金って』

て、言ってやれよ、お母さんに。

 

親の言う事聞かずに、好き勝手生きてきたんだろ?

 

俺たちは、『野垂れ死に』するんだろう?それでいいんだよ」。

 

(はあー、全く、お話しにも何にもなりゃしない。

まあ、確かに野垂れ死にする覚悟なら、

年金がどうしたこうした、面倒なことは考えなくてもいいもんね、、、、)

というわけで、そんな会話をした夫もその後結構早くに亡くなり、私は年金が下りる年になったが、1円もなし。遺族年金もなし。

私の母には父の残した遺族年金、母本人の厚生年金と、何十万も出ている。

いいなあ。

 

いやいや、人のお金をあてにしてはいけない。

野垂れ死にできるその日まで、勤勉に働きましょう。

 

そして、映画「俺たちに明日はない」のラストシーンほどは衝撃的ではないであろう我が身のラストシーンまで、最後の息を引き取るその瞬間まで、

私的映画「俺たちに明日はない」の脚本を日々楽しく書き綴りましょう。

 

 

 
グロリア斉藤

グロリア斉藤

職業:歌手。
経歴:福岡県生まれ。中学3年の秋から東京在住。マレーシア、タイ在住経験あり。
高校生の頃の希望職業:映画評論。
60代黄昏随筆家。

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