映画『ゆきゆきて神軍』 奥崎謙三とは何者か? 監督 原一男

原一男監督作品/ゆきゆきて神軍

 

この映画をビデオ屋で借りてきて観たのは確か1988年という年だった。1987年公開とあるので、ビデオ化されてすぐに観たことになる。

36歳の年だった私は、このドキュメンタリーに登場する奥崎謙三という南方帰りの63歳の男に度肝を抜かれた。

 

戦後すでに40年を過ぎ、多くの日本人が敗戦にまつわる天皇の戦争責任に関する意見など、口に上らせることのなくなった時代。この男は何度も何度でも自分の信ずることを口にし、行動に移した。

稀にみる、「真の勇者である」と私は思う

 

ほとんどの日本人が見せかけの平和と高度成長によるささやかな物質的恩恵に目を曇らされていたとき、奥崎は法を犯してまで信念を貫こうとした。

奥崎謙三

大量に殺せば英雄。一人殺せば殺人犯。

 

チャップリンが映画『殺人狂時代』の中で云った言葉。

 

奥崎は考えた。国家権力が犯してきた巧妙な大量殺人に比べれば暴力団や犯罪者が犯してきた殺人のなんと微小なることか。

 

奥崎が言っていることは、至極当たり前のことだ。

人類が生まれて以来、強欲な一部の人間たちがなにかと人の持ち物を欲しがり、殺してまでも奪い盗った。

自分に都合の良い理屈を作り上げ、さらに強欲を巨大化させ、国家を形成するに至った。

 

自分たちが殺し合いの最前線に行くことなど一生涯ない悪知恵に長けた一部の男たちは、脅しにより、あるいは暴力によって人殺しを強要する。

 

そのようにして、金も地位も名誉も権力も縁遠い大多数の男たちは、自分たちの意思とは無関係に、さまざまな外地へと赴いた。

奥崎はそこで人間の極限を経験する。

 

 

1988年当時、奥崎は広島刑務所に服役していた。私は手紙を書いた。そして一冊の本をぜひ読んでもらいたいと同封して、広島刑務所の「奥崎謙三様」と送った。

なんの返事もなし。

 

読んでくれたのかなあ。

 

さまざまなところで、奥崎は「戦後、戦争責任を一人追求するアナーキスト」というふうな書き方をされている。

 

国家が常に善でアナーキズムは悪である、と知らず知らずのうちに脳に刷り込まれているのではないか。

 

この「アナーキスト」というのは、間違っているのではないか?

ゆきゆきて神軍:観ずに死ねるか!

 

「アナーキスト」とは?

簡単に言うと、「無政府主義者」ということになる。

日本で云うと、有名なのが大正時代の「大杉栄」。殺害されている。

その前には明治時代に「幸徳秋水」がやはり死刑となっている。

つまり、国家権力にとっては消えてもらわないと困る人間たち、考え方、ということになる。

しかし、自分がまさか「アナーキスト」だとは自覚していなくても、世界中の大半は「戦争はもういやだ」と考えているのではないか?

 

権力からはほど遠いところに生きている大多数の人たちは、ただただ、「戦争はいやだ。殺し合いはいやだ」と思う。

刑務所に入ってまで徴兵拒否をできるかどうかは別として、単純に「殺す」のはいやに決まっている。従って、国家が殺しを強要しても、それに従えないなら?

「アナーキスト」とまでいかなくても「国家主義者」でもないことになる。

 

殺し合いに行くだけ行かされて、いざ終戦になるとほおりだされて、全く面倒をみてもらえなかった奥崎が日本国家や天皇に対して批判的になるのは無理もないだろう。

 

全共闘時代に強く影響を受けている「原一男監督」の傑作。

 

まずは世代を超えて、一度は観たい永遠に語り継がれるべきドキュメンタリー映画の傑作中の傑作。

観た人はもう一度、観てない若者は、必ず観ましょう。

 

そして、自分の立場、自分の生き方を今一度よく考える機会としましょう。

作品情報

公開日: 1987年8月1日 (日本)
監督: 原 一男
編集: 鍋島 惇
撮影: 原 一男
プロデューサー: Sachiko Kobayashi
キャスト: 奥崎謙三 
★★★★★(星5つ)

予告編

 
グロリア斉藤

グロリア斉藤

職業:歌手。
経歴:福岡県生まれ。中学3年の秋から東京在住。マレーシア、タイ在住経験あり。
高校生の頃の希望職業:映画評論。
60代黄昏随筆家。

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